歴史と法律についておべんきょうしたことをメモします。頻繁に記事は書き換えをしてます。
2011年12月28日 (水) | 編集 |
 今回は、『日本史大事典』から「寄親寄子制」についてまとめます。執筆は、勝俣鎮夫氏です。

1、意義

 ・親子関係に擬制して結ばれた保護者・被保護者の関係。

 ・寄親と寄子の私的契約に基づく保護・被保護関係を本質とする。

2、言葉

 ・寄親は、「指南」や「奏者」ともいわれる。

 ・寄子は、「与力」や「同心」ともいわれる。

3、歴史

 (1)、古代

  ・弱小の者が有力者に保護を求め、擬制的血縁集団の一員でることを保証された種々の形態は、いつの時代でも存在していた。

   例)、奈良時代では寄口、平安時代では寄人

 (2)、鎌倉時代

  ・惣領制において、惣領が非血縁的武士を族的な関係の中に「寄子」として組み入れ、その所当公事などを庶子と同じく割り当てて負担させていた。

 (3)、室町時代

  ・村落の中の有力農民が武士化すると、彼らは、在郷の地侍層は、それぞれの地域の有力者と主従関係を結んでこれを寄親とよび、自らは寄子となった。

 (4)、戦国大名

  ・すでに形成されていた寄親寄子をそのまま承認し、大名と直接主従関係をもつ地侍を有力部将に預けるという形で新しい寄親寄子制を設立して、家臣団編成として制度化していった。

4、種類

 ①、「当座の寄親寄子」

  ・単に、軍陣に参加する際に頼んだ頼まれたという言葉の上でその関係が設立されたもの。

 ②、「給人的寄子」

  ・寄親が主従関係と同じく恩給地を与えたり私的扶持を与えたりする関係。

  →内容は、幅広く不安的なものである。

5、大名の政策

 (1)、寄子への規制

  ・大名は、寄親の地位を保証し、寄子がみだりに寄親を変えることを禁止した。

  ・寄子が大名へ訴訟するときは、寄親を奏者として行なうことを強制した。

 (2)、寄親への規制

  ・寄子はより有力者を頼る傾向が強く、大名も寄子の利益を守らない寄親の変更を認めたり、当座の寄子を恩給も与えずに永く寄子とし続けることを禁止した。

6、寄親寄子制を採用した大名

 ・後北条氏、今川氏、武田氏、六角氏、毛利氏

 ・伊達氏や結城氏は、「指南」-「被指南」という形で制度が作られた。
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皆さんこんばんは。今回はまた『哲学ニュース』の記事「大航海時代に日本が侵略されなかった理由wwwww」について検証してみようということで、第1弾、第2弾、第3弾、第4弾、第5弾、第6弾、第7弾、第8弾、第9弾、第10弾、第11弾に続いての第12弾です。第1回はヨーロッパと日本
2017/09/29(金) 20:02:09 | Coffee, Cigarettes & Music